SHiVATELi.com

カナダ留学で得た事と、最近思った事について書きます。

自分の考えを話す時間を作りなさい

どうもこんばんは。

 

シルバーウィーク最終日にやるべきことから目を背け続けて今に至ります。

今年のバーウィーは三連休・三日出勤・三連休と言う出で立ちでしたが、その考え抜かれた連休コンボにまんまとやる気を削がれた私はせいぜいラーメン食べてロンTを買うのが精一杯でした。

嘘です。ダラダラしてました。

 

どちらかといえばだね、四日出勤の週が二回の方が良かったような気がするのだよ。

三日労働でも労働は労働。五日労働がやってくる。

なれば、二週間四日労働を作ってくれた方がまだ気分はマシマシ。

最近iMacの文字予測誤変換に苛まれているが、直し方を調べる気も起きない。

すんごい変換してくるから出会ったらたまにそのまま載っけてやる。

 

さて、前回の日記がちょうど夏休みで一ヶ月前。

この一ヶ月間はと言うと、できるだけ頑張らないように過ごしています。

が、9月の第二週、体調崩しました。

仕事も早上がりしたけど療休ではなくただの年休扱いにされた。抗議はしなかった。

コラー!

私は年休が少ないのでそこを節約したいと言うのは実は誰も知らない秘密。

不平不満を言わないでいるから誰も文句を言ってこない。そうかこれが輪廻転生。

 

そもそも不平不満というのはですね、解決策があったりするとですね、

じゃあやればいいじゃんで話は終了します。

でもその不平不満を受け入れた時、人は昇華できます。

 

年収低くてやだな〜→低くてもいいや!→解決!

 

年収1000万なんかに満足するな!

俺たちの年収合わせて8000万派のフレッシャーズからしたらThe looser思考なのかもしれませんが、ここが落とし穴。

年収を上げたりなんだかんだするのっていうのは環境を変えるだけで意外と行けたりしますが、ある程度のところで大体日本では不自由がなくなるのです。

ともすれば、とかく何か目的がないのであればとにかく金を稼ごうみたいなものは続かず、達成もできないのです。

なぜなら収入は副産物だからです。

 

それよりも、比較的安価に緩く楽しんでいくにはどうしたら良いかを突き詰めた方が、

金のために余計な苦労を払うことはなくなります。

金は正義ですが、向き不向きがあるのです。

 

まあどうでもいいですね。

 

よく、労働から解放されたらどんな世界かを考えますが、

ど無職時代にそれは体験したことから言うとやることなくてとにかく「ヒマ」。

ただその時はいずれは社会に戻らねばならぬという使命感を負っていたのであまり楽しくはなかったのです。楽観的になれない性格。

 

が、これいくら資産を持ってもやることがないとこれまた苦痛です。

やはり金を持っても何かしらやりたいことがないと、消費だけも飽きるんですよね。

 

はてさて来週からまた日常です。

三日間、まあ人と会ってみたりはしましたが、基本は家にいた、雨もよくないよ!

あと、ビジネスホテルにでも泊まりに行ってみるというのも乙ではないかと。

東横インには学割があるので、それを利用したら良き。

 

例えば車で行って東京のどこか。

行き慣れた新宿渋谷とかではなくて、銀座とか、浅草側とかね。

あまり歩いたことのないところを歩き、夜はのんべんだらりとするという。

練馬とか足立区とかっていう手もありますね。

 

いっそ名古屋とかだと新幹線代までかかっちゃうけどありではあります。

 

とりあえず体調は今のところよく寝てるのでいいとして、

最近は振り分け貯金を始めました。

 

封筒に何何用とか書いて、毎月それに決まった額を入れていく。

普通の貯金とは別に入れる定期預金(セルフ)なのですが、案外きつい。

 

とりあえず10月まで少しは節制して生きなければです。あーあい。

 

あとはなんだっけ。

10月とある部会の研究会があり、私はペラペラなんか言わなければいけないので早く過ぎ去って欲しいです。おいらは今年限定で部長。

 

あとは筋トレと卒論をする気力が最近ない。

肉体は衰え、鈍り、たるんでいく一方だ!この資本主義の豚め!

卒論はなんか、教授の指摘がこう、ヤダ!って感じ。すみませんねこんな学生で。難しい子なんです。

 

まあでも引き締めなきゃね。

ジムとかも油断したら行っちゃうかもね。

 

あとは美容液をThe ordinaly のbuffetに変えたんですが今のところナイアシンアミドより使い心地はいい。

化粧水も無印のクリアケア化粧水がいい感じです。

あとは最近美容皮膚科にも行ってないので、ホクロ取りと、SBCでやるアンチエイジング治療としては何がいいのか聞きたいところです。

 

流石に半年何もしないのはちょっとね。。

でも逆にどれくらい劣化するのかみてみたいものでもあるので、次は冬に向けてですね。

 

もうこんな時間なので今日はおしまい。

あ、寿司三千円分くらいこないだ食べた。あれは良かった。うへへ

バンジーは飛んだ方がよい

どうもこんにちは。

あ〜〜夏休み〜〜〜♩

 

が終わろうとしています。

ただまぁ、この夏は色々とイベントがありました。

そして大学にスクーリングへ行くこともなく、受講もなく、久々の健全(?)な夏。

だいぶ休んだといえば休んだのですが、暇はそれはそれでストレスですね。

 

さて、今回は初めてバンジージャンプを飛んだので、少しレポでも。

 

レポ読むのめんどくせ!って人は3分くらいにまとめたんでYouTube見てって下さい。

youtu.be

 

 

行った先は茨城県にある龍神大吊橋バンジー

www.bungyjapan.com

 

恐怖を克服というか、恐怖を敢えて経験しに行った感じ。

 

来る8月11日に数時間かけてここまで行きました。非常に遠い。遠すぎる。

しかも道中、コンビニにカバンを忘れかけたりしてのっけから不穏な何かが出ていました。

 

して、到着。

ウエー

 

 

タケー

 

そして事務所に19,000円+写真代4,000円を払って装具を付け、

橋を渡って真ん中あたりで橋下へ降りて行き、説明を受けてあとはジャンプ。

靴落とした人がいるので、ちゃんと紐を結ぶように言われます。

私も結び直しました一応。

 

 

参ったねこれ

 

忍び寄る不穏な空気

 

この時までは割とリラックスと諦めが半々くらいでした。

ちなみに逃げられない。なぜなら四人で行って四人で飛ぶという目的があったから。

あとスタッフの圧。迷う時間は与えられない。

 

これ遺影でいいんじゃね

 

ここまで来たらすぐにカウントに入ります。

実は覚悟も何もあまりできてませんでしたがこの辺は2秒くらいで覚悟しました。

 

とりあえず景色だけはしっかり見て、一瞬でスタッフなりハーネスなりを信用しました。なぜ太古の人々が宗教に対してあれほど強い信仰を持てたのか。

それはそうせざるを得ない厳しい現実に直面していたからだろう。あと洗脳。

 

さっさと行くしかない

 

私はYouTube撮影を兼ねていたため、画角の映りも気にしていました。

バンジーは落ちると、その青い鉄骨の下に胴体が隠れてしまい、画面に映り続ける時間が減ります。

また、あまりフォームも美しくないのです。(ラファエルで予習した)

 

なので、落ちるのではなく、前にジャンプすることを心がけました。

自分の意思で飛ぶ

 

ここで写真を見て分かるように、橋から体が離れるほど、画面に映る時間が増えます。

その時間分が「撮れ高」となるので、これから撮影するYouTuberは意識した方がいいです。

 

別にどっちだろうと怖い

 

恐怖がMAXの時

 

本当に怖い瞬間は飛ぶ瞬間と落ちて加速した瞬間です。

なぜなら、本能に逆らう行為と、本能的に死を予感するからです。

 

さてここで1回目紐が伸びきったところでトラブル発生。

 

引っ張られて靴脱げた

 

これは今回最大の痛手でした。

生半可な結び直しではダメです。

元からしっかりとキツさを感じるくらい結び直さないと反動で脱げます。

靴は流れたか沈んだかで回収不可能です。

 

それではよいジャンプを

 

さて、経験して思ったことを書きます。

1.料金は高い。あと100%安全の保証はない。

2.橋降りて位置に着いたら迷う時間はない。

3.本能に逆らい、本能で死ぬ直前を実感できる。これが一番いい体験。

4.紐が伸びきったらあとは怖くない。爽快感といい景色を堪能できる。

 

一番大事なことは3で、普段私たちは割と快適な暮らしをしています。

んで、そうすると非日常感とか生きていることの実感とか薄まりつつ、

それが当たり前のように感じていきます。

そこで本能を刺激することによって、脳に何らかの電極を差したような状態になります。

飛ぶ直前は生存本能に逆らう行動で、

飛んだ後は本能的に死の恐怖のギリギリまでを体験できる、と言ったところです。

 

結論としては、新しい行動力を発見できて、アンチ生存本能を刺激し死の直前を垣間見れるといったところです。しかも安全に。

そんなあの世への往復切符のようなものが2万以下で買えると考えるとまあ妥当かと。。

 

ただし、うちのメンバーは貪欲なので、次回日本一高いバンジーあるかもしれません。

ちなみに飛んだ人は6,000人くらいいます。

手軽に2万分の一の体験をしてみましょう。

やーれやれ

どうもこんばんは。

 

前回トロント生活のことを書き殴り、それでも三ヶ月分しか収まらず筆を置きましたが、また続きは書くんで今日は近況でも。

 

ただいまGW真っ只中でございます。全っ然楽しんでないよ!

しかしまあそこは武士の情け、いきなりステーキでオージービーフ200gくらいは頂きました。

焼肉ライクも行きましたが、あれはやはり少し安い肉だね。でもまあ、安いからね。

いきステの方は200gでも1600円くらいで食べられたんでまあいい感じです。

なんか、2500円とか3000円くらいはするイメージあるよねステーキって。たはは

 

はてさてここんとこはど〜もイライラが募ります。

これはまあ職場のせいもあるけどもっと違うところに何かがある気がする。

一つは節制ではないかなーと。

結局それは消費でプラマイゼロにしてしまうから、意味のない節制になってしまうという話。

もう少し予算を明確に付けて、その中で遊んだらいいのかもしれないとか思っている。

後は全米インデックスファンドも下がり調子です。

となれば投資に対する上乗せ金額も減っていきます。あれまあ

投資は余剰金でやるものなので、まあ仕方ないですが洗礼はガンガン受けてます。

 

両学長のYouTubeも最近全く見ておらず、次の一手をそろそろ打たんにゃです。

そんなもん怪しい!という人に1から説明するのも難儀なのでスルーでいいのかもしれない。

 

そう、The ordinary という美容液を最近使ってます。いつも使ってるやつを今入手することができないので。

これは使い過ぎると肌がピリピリするので注意が必要ですが、使ってる分には今のところ良い。一体何がどう効いているのかは不明だが。。

https://amzn.to/37e5Eev



画像でっけーな。もっと小さくならんのかね。

でも今のところ買って正解美容液です。教えてもらって良かった。

もし尽きたら、別の美容液もあるのでそれを使ってみよう。

 

具体的に何が良くなったかというと、代謝がよくなったような気がする。

例えば肌の角質を取ったばっかりの状態ってあるじゃないですか。

あれが割とキープされているような感覚。

角質ケアとかをした後だと、ピリつくような気がする。

そんなわけで成分はしっかりしているのでしょう。

 

ナイアシンアミドとはなんぞやという人はこちらでも

www.ritsubi.co.jp

 

お、画像出てきた。要は美白とアンチエイジングすね。

 

最近久々に配信もしたけど画質が荒いのであんまり肌とかよく見えんです。。

 

後はというと、

GWは土日に大学のスクーリング行くんでそこが潰れます。

なので休みは実質今日までです。ファッキンですね。

 

今月5月は意外と忙しいし、なんならいよいよ本格的に動かなきゃなので、あんまり気合いを入れると疲れるに100万。

 

コツとしては、なるべく定時で帰ることだな!

頑張ったってな!

何にも反映されねんだ!

東京さ行くだ!

 

 

レペゼン地球のDJ社長がめっちゃ英語勉強してたのが最近のニュース。

あと中国では二日に一回PCR検査させられるって。頭おかしいと中国人の先生が行ってた。中国景気悪いってね〜

 

はてさて懸垂も非常に落ち、また頑張らねばなので、5月はとにかく無理せず乗り切ることに努めたいと思います。

 

そしてステーキを喰らう!

そこにあるものは日常

どうもこんばんは。

 

休日前だからってヤキがまわったのか荒ぶる寸前。

 

はてさてたまにはトロントにいた頃の話でも。

この目的は「向こうで何を学んだのか」「何を掴んだのか」「何の意味があったのか」

その辺を明らかにしていくことです。

経験は言語化が9割。

 

さてただ文字を羅列してもつまらんので、ちょいちょい向こうの写真を入れながら、

回想する中で砂金を掬って行こうかと思います。

 

CASA Torontoの外観

CASA Torontoの外観

 

いや画像でっけーな。もう少し何とかならんのかね。

 

さてこの頃は2018年5月の初めでした。

羽田空港の国際直行便でピアソン空港へ14時間くらいかけて到着。

エージェントのバイトさんに連れられて来たもののロックナンバーが合わず入れずにいましたが、ばったりルームメイト(どう見ても欧州人)のブラジリアンが帰って来て、

とりあえず歓迎されました。

 

その後もう一人でっかいブラジリアンが帰って来て、自己紹介をし合ってとりあえずは終了。先に3人住んでいた中のうちの一人は、親が来てるとかで数日間どっか遊びに行ってました。

ブラジリアンはフレンドリーなのでここから毎日違うブラジル人が友達を連れて家にやってくる。とりあえず物盗られないか心配でしたが大丈夫でした。

 

・経験その1
ブラジリアンはフレンドリーなためどんどん増える。

 

私の通ったESLという語学学校はトロント最大の学校で、校舎が5箇所くらいに分かれており、かつ朝8:30スタートなので7:30には起きて朝少し食べて出発。

幸いなことにこのレジデンスがまぁまぁ駅に近く、TTCという電車に乗って5分くらいで学校の前の駅に着く。ぶっちゃけ30分前に出て歩いて行っても間に合う。

 

余談ですがTTCの定期券的なものは、持っているとバス・電車・ストリートカー全てどこまで行っても乗り放題。よく使うなら持ってた方が得。

post secondayという学割があるのですが、ちゃんと証明書を写真撮って買わないと見つかったら罰金だそうです。

 

このTTC交通網には時刻表がなく、山手線のように割とすぐ来ます。

来るときは「パララッッパッパッ....」とかいう音が鳴り、聞くと今では非常に思い出深い。来たばっかの時の記憶って印象的だからなかなか忘れないよね。

 

さて学生生活スタートですが、最初の街探検ツアーはなぜか開催されず、

とりあえず若干疲労残るものの試験を受けました。

日本にいた時はレベル17段階の6じゃね?って判定でしたが、

現地に行って入れられたクラスは3でした。まぁ、、英語できたらわざわざ行かないってことで。

 

しかしここで一個教訓があります。

文法・読解・単語・語彙力などはなんと!日本でも!勉強できるのです!

なので高い金払って日本でできる勉強を海外でやるのはもったいない!

なので、最低限の準備はしていかないと非常に時間をロスします。

 

・経験その2
目的にもよるけど、英検準2〜2級くらいの基礎英語力を取るまではいかない方が良い。

 

これは終盤で明らかになりますが、東大生でも不採用になるような某企業の会社員の方に会った時、彼は既にレベル13の試験を割とスイッと点取ってました。

日本の読み書きの学習はしっかりやれば向こうのテストでも通用します。

 

さて、レベル3のクラスに入れられた私は真っ先に疑問を持ちます。

「なんで英語で話すんだ...?」

 

このテリ語を訳すと、「英語がわからないのにその英語を英語で説明されてもわからんぞ...?」というものです。

しかしまあそこはレベル3。聞いてるとホワイトボードにも色々書いてくれて、

段々となんのことを説明しているかわかります。レベルとしては中二〜中三くらいかもしれない。

もちろん英語の成績が全くダメだった私でも、使い方はわからずとも一度通ったことがあることは覚えています。

 

そしてレベル3が終わるとなんかまたテストを受けて、ほぼ自動的に4のクラスへ。

しかしその後奇数レベルから偶数レベルに変わる時は必ずテストがあり、一定レベル点数を取ると上に行けます。

 

上がっていくと意外と日本人が私以外にも数名いたりします。20代〜40代だったな。

多いのはブラジル人・台湾人・ベトナム人・韓国人・トルコ人。

そしてたまにフランス人・コロンビア人・スイス人・メキシコ人・中国人。

 

さてレベル4に上がってからは腕のいい先生に当たりましたが、息つく間がなく、

結構しっかりと学習していたせいか、授業後非常に眠くなる。

学校は午前中8:30〜12:00で、昼休憩して午後12:30〜13:30とかそんなもんだったと思います。

帰って14時。

非常に眠くなるのです。

まぁずっと英語を聞いていて、英語のプリント問題を答えて、質問も英語とかでするので、頭はずっと使ってる状態なのです。言うなれば2倍は使っている。

 

さらに私の場合、生活費に自分で制限をかけていたので、

昼食がトースト二切れに蜂蜜をかけたものとかだったりして、非常にお腹が空く。

たまにルームメイトのクッキーをもらったりしてましたが、いやあそれでも空腹の昼間が続きました。痩せちゃうぜ。

 

だもんで、宿題とかもあったけど基本は学校終わって遊びにいくぜー!

みたいな気力がなく、帰って昼寝をせざるを得ませんでした。

 

f:id:shivateli:20220222224303j:plain

隣のベッド

 

これでも大学留学に比べたら超アマちゃん。旅行の域を出ていません。

 

家に帰ると、ある日から最後のブラジリアンがレジデンスに戻って来ていて、

料理を作ってくれました。

 

そう、彼はブラジル人シェフだったのです。

しかし材料はみんなでNo. frillsという黄色い看板のデカくて安いスーパーで2週間分くらい買いに行ってました。

早速私も同行し、4人で割って20カナダドル(CAD)くらいでした。

私の食費計算が、当初は月150CADで考えていたのでだいぶ安い。

しかも彼の作るチキングリルとかは結構美味しかったので、その辺感謝です。

 

f:id:shivateli:20220223213514j:plain

私が黄色いスーパーと呼んでいた所

 

この時のルームメイトは全員ブラジリアンで、

・シバテリ(日本)

・レオ(でかい。綺麗好きで規律的。時々Macで仕事してた)

・レオジーニョ(小さいレオだからジーニョがつく。シェフで中心的陽キャ)

・エリトン(アラフォーで欧州系。とんでもないダイエットをする)

 

以上の四名でした。

節約をしていることもあり、レオにジャパレスに早速誘われたことがありましたが、

断ってしまいました。

今思えば、あそこは遣っても何も問題なかったと今では思います。当初は数年計画だったので非常に節制心が強かったのです。

経験その3
誘いは貴重な経験の一つになるかもしれないので、そこは遣える余力を残そう。

 

思えばこの頃、一瞬気分がすぐれない時がありましたが、一日か二日くらいで元に戻りました。

多分、トロントに来て最初の一ヶ月は色々新鮮過ぎてそこに心身を合わせている最中だったと思うのですが、それも過ぎるとギャップが思い起こされて来るのではないでしょうか。

ただホームシックには一度もならなかったので、やっぱり新鮮さは求めているところでした。

 

さて、ともすると学校のクラスの日本人から、「午後プログラム」があることを知ります。

それは、午後の方が1時間くらい時間が減る代わりにキャッシュバックがあるというもの。

これに目をつけた私は友人と即乗り換えました。

しかし落とし穴が。

 

行ってみると、初日に担当の先生が欠席。代わりの先生が来たのですが特に何も教えず、はい、適当に教科書読んでやっててという始末。すぐさまPCに向かってしまう。

しかもその部屋の冷房が極寒レベルで全員冷凍されそうでした。このままじゃ冷凍マグロだぜ!

ヤバイと思ったのですぐさまクラスチェンジを申し込みました。

 

しかし、今度の先生は見た目アバンギャルドな感じの若い先生で、

かつ「私はよくクレイジーと呼ばれるわ」とかいうちょっと察しな人でした。

さらに、初教師だったのか、とりあえずホワイトボードに教科書の英文とかを書きまくる。

いや、それはどこが要点ですかね、、という突っ込みどころもさることながら、

午後プログラムの割とやる気のない生徒たちの態度に、態度で切れる始末。

いやまぁ、ぶっちゃけ両方あまり良くないよね、と。。。

 

やっぱりこっちもダメだ!ということで元の極寒クラスに戻ったら、中国系の本来の先生が戻って来ていて、割と楽々と授業が進みました。(極寒)

 

極め付けはその前のアバギャン先生、足癖が悪くて説明中に靴を私の椅子の横に乗せて喋ったんですよね。。。さすが北米。アジアンに対するヘイトが強いぜ。

 

f:id:shivateli:20220222225559j:plain

レオジーニョの作る夕飯

そうそう、この米はですね、ロングなんちゃらライスというやつで、お湯に入れて茹でて作ります。その後ザルに上げて完成。

ホワイトライス(いわゆる日本米)は炊くのが難しく、それは難しいんだぜーと言われました。

その後私はロンググレインライスという茶色っぽいやつをよく茹でて食べるように。

チャーハンとかにはそっちの方があまり水を吸わないので合ってます。

マッシュポテトは向こうの偽マッシュポテト。

 

さてこの頃はもう7月。

ワールドカップがあったような気がします。

ブラジルはサッカーの本場なので、私はブラジル側に入れられました。

当初、H&Mで15CADくらいの緑のパーカーを着て、全身緑と灰色野郎と化していた私は、「緑はブラジルのカラーだ」ということで一緒にスポーツバーへ行きました。

そこで初めてUberというものに乗りました。

いわゆる個人タクシーみたいなやつですね。料金はみんなで折半です。

 

思ったことは、ブラジル人、金払いがいい。

おいらも一応世界第3位の経済老害大国出身なのですが、節制してるせいか彼らの金の使いっぷりが非常に目立ちました。電車より安いわけないよな....?

 

そして試合開始するとバーの雰囲気や熱狂はブラジル人が持っていきます。そのエネルギーがすごい!発電でもできればいいのにな!

 

その後注文して失敗した不味いタコスを食べた後、私は試験勉強だの個人的な自習だのがあり、帰っていきました。

近所のバーにも何度か行って、チキン食べたり酒飲んだりビリヤードしたりしましたね。日本のビリヤード経験が活きて、何度か勝ったりしました。

現地の老紳士もなぜか加わって来て、北米っぽいことしてんなぁと思いましたね。

 

f:id:shivateli:20220222231141j:plain

家でよくついてたTV

 

そういえばよく家にくるブラジル人の中に、カナダ人社長の彼女ができてた人がいて、

「私が彼をプロデュースしてるの」とかいう話で就労ビザが降りていたようでした。

滞在ビザかな?どっちにしろアクロバットなビザ取得方法だなあと思いました。

 

・経験その4
南米といえど結構金は使う!私は日本の衰退の象徴だったのか、、、?

この頃の私はもうすっかり慣れており、あちこちに一人で出かけまくってました。

私の泊まったCASA Torontoは、レジデンスが実はもう一つあり、そっちの方が同じ家賃で綺麗でした。チキショウメ!

ドアの番号とかは教えてもらってたので、よくそっちへ行って夕飯を一緒に食べたり、

勝手に冷蔵庫あさってランチとか作ってました。うへへ悪いね。

 

f:id:shivateli:20220222231452j:plain

これで十分いけた

f:id:shivateli:20220222231541j:plain

シバテリクッキングin Toronto

奥にいるのはゲーム大好きっ子のチェチェロ。

レオジーニョは彼が野菜嫌いだと言うので、毎晩彼だけ別メニューを出してあげてた。優しい。

 

そういえばこの頃にはチャイナタウンやコリアンタウンでチャイナマーケットやコリアンマーケットを見つけてました。

これらのいいところは日本の調味料などが手に入るところ!

あとは日本の食材っぽいものも手に入るところ。

いつかおすすめのお店百選とかをメイン記事にして出すかもだけど、そういうところは長ネギとかもやしとか売ってて重宝します。

欧米系のスーパーにもたまに日本の袋ラーメンとかあるけど、ないところはないからね〜

ウォルマートとかはあるけど、そうでないとちょっと中華系・韓国系が噛んで無いところはないのよね。

アメリカのメーカーっぽいカップ麺食べたけど出汁が効いてなくて残念な感じでした。

やっぱりチキンナゲットとか、家で作る用のハンバーガーのパテとかそういう冷凍食品の方がまだ充実しています。

アイスも大雑把な味のものが多かった。(しかしブラジル人のアイスはちょくちょく食べさせてもらっていた)

 

さて、学校のレベルもいつの間にやら7とか8位まで来る勢いに乗っており、

クラスの先生も厳しめの先生が入って来たりしてました。

ここでたまたまKahoot!というクイズアプリを知り、クラス全員で対抗戦をしました。

大体、その日に習った英文法に関する問題が、各人のスマホでクイズミリオネアっぽく答えていくやつです。

ランキングが最後出るので、私はかなり本気で取り組みました。

特に、同じクラスに日本人がいると相当な敵対心を持つことがあり、かつそいつが頭のいいトルコ人に教えてもらいながら参戦しているのを見るとストレスマッハでスーパーサイヤ人になりそうでした。

しかもインスタ交換した時見たら、結構いい大学出たばっかの経営者。女囲んでました。

結果は何度か一位を取られましたが、その後最低一回は一位を取り、FUCKING JAP HAHAHA!!

あの時の負けず嫌いは一体何なのか、元々そういう性格なのかはよくわからないです。

 

経験その5
ほぼ同レベルの勝負には負けず嫌いが発動する。

 

はてさてそんなこんなでルームメイトのブラジル人が一人、また一人と帰国していき、

代わりに新たなブラジル人が入ってくるというブラジリアン・プランテーションシステムの中で一度だけブラジル人たちに日本料理のうどんを作ってあげたことがあります。

 

とりあえずきつねうどんでいっか〜ということで、ほんだし的なものや麺つゆ的なものを揃え、6人くらいに振舞いました。

結果、チェチェロにはちょっと難易度高かったようですが、他のメンバーには好評で、めっちゃ褒められました。

日本のメーカーはすごいよねぇ。

 

f:id:shivateli:20220223213232j:plain

とりあえず試作したうどん

後に、引越しのアルバイトをすることになり、その雇い主の日本人女性がほんだし+麺つゆでうどんの出汁は格段に旨くなるということを知らず、麺つゆだけでうどんを作っていたので、その方法を教えました。

意外と知られていないのだな、、というわけで広めようと思いYouTube動画にもした、

という流れがあります。

 


www.youtube.com

 

 

はてさてそん感じで三ヶ月が経とうとしているわけですが、

ここでレジデンスのあまりの家賃の高さを一回再検討し、引っ越すことにしました。

そして偶然台湾人の友達の日本人が、「部屋が一つ空くからくれば?」ということで引越し先がすんなりすぐ決まりました。

自分で探したことも一度ありましたが、担当した人が実は現地で有名な違法滞在業者的な人で、普通の家にキャパオーバーで住まわせているような人でした。

今でもあの家には行かなくて良かったと思います。(家の中が微妙に作りかけのようだった)

 

この頃はまだカナダのカレッジに入学するぞ!的な気持ちがあり、家に帰っても数時間復習や自習をすることもありましたが、後にそれは墜えます。

 

そうそう、なぜか尿道炎になったような気がして一回病院に行ったこともありました。

病院は困ったなーと思いましたが、何と日本人看護師のいる病院があり、予約して行ってみました。

 

するとドクターはインド系の女性ドクター。

色々問診のみした後、併設されてる薬局まで看護師さんがついて来てくれました。

しかし尿検査などは別の専門ラボみたいなところに行かねばならず、異常があった時飲み教えるよーというものでした。

カナダに限らず、アメリカとかもレントゲンや採血など、診断によって受けられる病院施設が分かれていたりします。

総合病院とかにいけばまた違うのでしょうけど、大体街にあるクリニックはそれぞれ専門で分かれています。

 

そして、私は一応保険に入っていたので、150CADくらいかかった気がしますが、

後から保険請求の書類をバンクーバーの保険会社に書いて送り、後日小切手が届くというものでした。

 

この保険請求の時に、個別ナンバーを保険会社に電話して聞かなければならないのですが、電話がなかなか繋がらない。

繋がったとしても上手くやり取りができないこともありましたが、新しいルームメイトのブラジル人医大生が助けてくれたりして乗り越えられたことがあります。

やっぱ持つべきものは友達だね!

 

そして程なくして住んでいた割と高級住宅街のSt.Clairを後にし、インディアンタウンのKennedyへと引っ越します。

 

そのころは午後プログラムだったので、夜中に起きてることがあり、何もすることがなくフラフラとレジデンスのロビーに降りて行ったりしてたこともあります。

 

f:id:shivateli:20220223220612j:plain

夜でも少し明かりはついている

このレジデンスは留学生だけでなく、普通に賃貸マンションとして生活している人もいます。

時々夫婦喧嘩的なものが隣から聞こえて来て、やべ〜ということもありました。

しかもこのロビー、2階の客室の真横に窓があっていつでも見れるという。

住人にとってはうるさくないのか、、、

 

また、CasaTorontoに日本人が来たのは初めてらしく、紹介PVを撮るから参加してくれ!とか社長的な人に言われ、一本ビデオを他に紛れて撮りましたが、今でも公開されてません。

 

しかし、家賃は夏場で850CAD。冬は1000CADになる高めの家。

しかも年々家賃は上がっていく様子でした。しかしさっき見てみたら、どうも最安値で1100CADくらいに抑えられている様子。きっとコロナを経て家賃下げたのかもしれない。

 

f:id:shivateli:20220223221921j:plain

Finchあたりにあるクリニック

f:id:shivateli:20220223221940j:plain

映画で見たことある薬

なんと向こうの薬って個別包装じゃないんですよね。

一気にバラッと雑に入れてあるw

 

この頃思ったのは、ネットで家とか探すのは割と当たり外れがあるので、日本人の友達などを作って口コミや紹介で決めるのが吉ということ。

 

経験その6
「日本人とは一切つるまない!」みたいなプライドは逆に損するかもしれない。

 

そんなこんなで部屋を後にし、約一年分一括で払った家賃のキャッシュバックを受け取り、引っ越して行きました。

 

余談ですが、エリトンのとんでもないダイエットとは、

ある夕方、エリトンがサラダを食べていました。

私が「どうして今サラダ食べてるの?」と聞くと、

「これが俺のダイエットだ」と答えました。

 

なるほど。しかし彼は夕食の時毎晩コーラを飲んでいました。そら太るよ!

見れば、ブラジル人はほぼ全員夕飯時にコーラを飲む!うおお

おいらはコーラ禁を15年ほど続けてたので驚愕も驚愕。オイオイオイ死ぬわアイツ

 

あとは、夏とはいえやや冷え込む日でも、彼らはエアコンの温度を15度とかに設定して寝ます。死ぬよ!

 

しかし彼らは暑いようで、その辺が難しいな〜と思うことはありました。

 

まだまだこの生活は続くので、次回の項目を軽くここにメモしておきましょう。

 

・インディアンタウンはなかなか良い

・今度は一軒家の半地下に居候

・大家とバトル

・屋根崩壊

・ハッキングに遭う

・発砲事件と日本人死亡

・ナイアガラの滝へ

・飛び級して日本人の先生に当たる

・友達は韓国人経営者

 

またね!またね!

 

いちいち癇に触るヤローだ!!!!!

どうもこんばんは。

 

喉の辺りに、冬マラソンし終わった後のような冷たい何かを感じつつ咳が出ています。

 

 

はてさて今現在は後期の授業が全て終わり、(まだあったのに履修し損ねた)卒論だけの状態となり、それもやっつけで参考文献などを提出してしまったので割と解放されています。

卒論についてはおそらく5月くらいから本格的に書き始め、8月が一気に進めるピークかもしれません。やだー

私のことなのであんまり信用してませんがまあそれっぽくやってくれるでしょう。

A4で17ページ書かねばだから、30枚とかそんな量にはならないのが救い。

ただ沢山本を読んで知識をつけねばというのが痛いところ。

 

んなわけで今日は久々に教育の話でもと。。

 

過去の話ですが、担任不在によりとある高学年のクラスの朝の会のみ、2〜3週間担当を任されました。

入ってみたら、まぁなんというか倦怠感。それぞれがそれぞれウヨウヨしている感じ。

んで、非行少年とかはいないものの時間にルーズだったり迅速に行動しなかったりと目に余ることがややあった。

 

一日目

朝の会で、日直が「元気な声で、おはようございます」をかけます。

しかし帰ってくる声に元気はなく、数人程度しか挨拶をしない。

二日目

昨日と変わらず。

思ったことは、目の間に私が立っていようと居なかろうと、惰性で朝の会をやっているということがわかった。高学年あるよねー

三日目

「ちょっと変えたるか」と思った私は、日直が朝の会を始める前に待ったをかけました。

伝えたことは、

・二日間挨拶を聞いていて、非常に元気がないなと感じた。

・日直が読んでるこのシートにある「元気な声で」が意味を成していない。

・担任が帰ってくるまでこれを続ける気か?

・担任が帰ってきた時に一番喜ぶことは何か?それは君たちの成長です。

・何かひとつ、帰ってくるまでみんなで成長しなよ。

 

こんなとこです。

んで、具体的に何をするかでは、各案出ましたが結局は「朝の会の挨拶」多数で決まりました。

 

その後の朝の会では、約十数人が声を出し、しっかりと挨拶ができました。

しかしそれでも半分。

 

四日目

三日目とイーブンか、やや声が小さくなる。

 

五日目

声を出す子と出さない子がはっきりと分かれて来る。

この辺りから変わらなくなって来る。

 

六日目

五日目よりも声が小さくなって来る。

 

七日目

私が別件の用事があるため、別の人に任せたところ、気怠い感じであったそうな。

つまり私がいないため、緊張感もあまりなかったのでしょう。

 

八日目

昨日の挨拶について質問を投げかける。昨日はどうだったのかと。

すると、約一名が、「元気がなかった」とか「声が小さかった」などと話す。

 

そこで私は、「この挨拶の練習はあと三日間。そのあと帰って来る担任が、このままで喜ぶと思うのか」「今までの練習の意味は」「挨拶の後に行う健康観察で「元気です」と答えているからには元気なんじゃないのか。そうであるなら挨拶ができるはずなんじゃないか」と話しました。

 

そうすると彼らがなんとなく健康観察で「はい元気です」と惰性で答えていることに初めて気がついたようで、自ら逃げ場をなくしている事に気づいたようだった。

その後の挨拶では、始めた頃をやや上回る声で挨拶が返ってきた。

そして初めて、向かって左側のまとまりが特に大きな声が出ているということを伝え、

逆に右側あたりはあまり声が聞こえないことを伝えた。

 

九日目

左側は健在であり、右側もそれにやや追いつくくらいの大きさで挨拶を返すようになった。

 

十日目

この日は朝学習を何にしたらいいか特に決まってなかったので、簡単な論理的思考クイズを出してあげた(Amazonで見本掲載されてたのをパクった)

その後私は何も言わず、いつも通り朝の会が始まり、ほぼ、クラス全体で元気な声で挨拶ができるようになっていた。

 

その後、担任の先生は予定通り復帰し、私はいつも通り自分のルーティーンに戻りました。

 

 

とまあ、こんな話があったので、備忘録として書き残してみました。

 

「教育は海」とはよく言ったもので、どう漕ぎ進むかは自分次第です。

何が大切なのか、何を切ったら良いのかは本当に人それぞれ考えが違うのですが、

私の場合は言語化し、書き留めておかないと忘れてしまうのです。

 

なので、時々書いておこうと思います。

 

例えば自分を客観視すると、自分のスタイルを一言で言うなら「真剣さ」。

なので一番イラッとするのは授業に真剣に向き合わない者。ドスは避けられない。

また、許せないものは「わがまま」。

子どもというのはまあわがままの塊だったりするので、その余計なものをザクザク削ぎ落として「御前にその資格はない」ということを叩き込むことが大事かと思われます。

というのも、周りの協力や協調で成り立ってると思うんですよね。

そこで、「先生が勝手に決めるな。俺の好きにさせろ」を受け入れるとやることが進まないわけですね。

例えばそれが6年生に送るカードとかだったなら、大事なことは「もらった相手が喜ぶかどうか」が一番大事なのであって、「作り手の好き嫌い」なんざ無意味この上ないわけです。

 

しかし盲目的で視野が狭く、素直でない子どもというものは阿呆なので自分がどう思うかでしか物事を判断できないわけです。

その指導に入るとクラスの時間が止まり、説得と納得に時間が費やされるわけです。

つまり教師としては「言われたことを素直に受け入れて行う」子どもでないと、

そもそも集団学級が進んで行けないわけなのです。

ですがそういう子は普通にいたりします。

限られた時間の中でやることを進めようとすると非常に厄介な存在です。

が、そこをどう上手く転がすかも腕次第。

恐怖で服従させるか、上手くかわすか。。。

 

私は子どもの頃あんまり教師に楯突いたり反抗したり、自分の考えを言語化するということができなかったので、言葉でガンガン要求だの言いたいことだのを言える児童は私に無いものを持っているので、観察対象としてはいいサンプルです。

できればそのまま大人になるとどうなるのか、まで見てみたいものです。

 

実際のところは疲弊させる種でしかないので、もう四月の段階で徹底的に指導した方がいいと思うんですけどね。

 

例えば、教室での口笛。

 

私が低学年の給食に入った時、給食を食べ終わったのか、口笛を放送の音楽に合わせて吹いている子がいました。

 

ここで私が思うのは、「なぜ口笛を教室で吹いてはいけないのか」という指導の根拠がなかなか不明確であるなということ。

なので私の場合は「マナー」を軸に話したいと思います。

 

口笛というのは、笛、つまり楽器のひとつです。ということは鍵盤ハーモニカと同じ類のもの。給食中に鍵盤ハーモニカを、しかも静かに食べている時に吹くことはおかしいか?おかしくないか?で考えれば、当然おかしい。

鍵ハー吹かないなら口笛も吹かないこと、というわけです。

さらにもうひとつ、口笛というのは音が高いため、耳がキャッチしやすいわけです。

あなたの口笛を聞きたくなくても耳に強制的に入ってきます。

聞きたくなくても聞かされるということは嫌でしかないわけです。

また、教室が無音にならないように放送委員会で考えて、BGMがかかっていたりします。それは聞いていて心地の良い音楽を委員会で選び、ボリュームも決めているわけです。

最後に、「レストランでのマナー」を思い出してほしいということです。

レストランで、口笛や鍵盤ハーモニカを吹いていいと言われますか?

また、レストラン内を走り回って良いと言われますか?当然ダメですよね。

それは他の客や店員にも迷惑がかかるからです。

 

だから最後に、レストランでダメなマナーは、教室でも同じです。ということです。

 

おそらくは、子どもというのはこれくらい言わないと理解できなかったりします。

非常に残念ですがその辺は親の教育がそこまでのものであるため、残りの負担を教師がしなければならない、というわけです。地獄。

 

そんなこんなでふわっと書き留めては見ましたが、大事なことをここにもまた残していきたいので、次回はもっと端的に大事なことは何かを書きたいなーと思います。

 

クリリンのことかー!!!!

偏差値50でエリート

どうもこんばんは。

 

ついに!

私をノイローゼ近辺まで送迎した課題が終了し、今何も手に付かない昨今です。

 

はてさて1月なので1月らしい何かを綴ろうかと思います。

とりあえず思ったことは、去年に比べて1月の日々が過ぎるの早いなーということ。

去年は立て続けに状況が変化していき、私の労働力が間に合わず残業だの早出出勤だのを繰り返していました。

去年の状態がどうだったのかは後ほど過去ログさらってみますが、

覚えていることは1日の労働時間が長く、毎日過ぎるのが遅いということ。

結果活動時間が多い分なかなか一月が終わらないという者でした。

あと今年は冬休み割と長めだったからね。

 

はてさて最近あまりニュースを追っていないので世の中で何が起きているのかよく知りません。

 

東京大学の構内?で17歳が死傷事件起こしたのが一番の特ダネだったのではないかと思いますが、この様子だと三月くらいにはまた似たような事件が起こるのだろうなーと思います。やれやれ

 

少し自分の過去を遡ってみますと、偏差値教育がいつの間にやら染みついておりました。

 

私は小学二年生あたりから公文式に通いだし、適当に速書きして終える毎日を送っていました。

三年生から四年生あたりになると、とある塾に通わされ、夏休みは夏季講習、冬は冬季講習などに行ってたような気がします。

当時はドラえもんのA全ポスターに夏季講習の予定が書いており、せっかくの夏休みなのに遊びに行けずストレスで仕方なかったのを覚えています。

 

また、塾をサボるとか、休むとかいう概念がなく、律儀に行っていたのもなんだかなあと今では思います。

して、一瞬だけ中学受験コースにいたことがあるのですが、その頃には模試を何度も受けさせられ、何回も酷い点数を取っていたような気がします。

世の中の塾生たちは多分、意識からして「学力を上げたい」みたいなものがあったんだと思いますが、

私は「やらされてるから行かされてる」という感覚だったので、

真面目に受けてはいるのですが内容はまあ右から左だったと思います。

 

んで、偏差値とか出てくると、それが自分の価値だと思うようになるんですね。

当然低偏差値はいやだな〜とは思うのですが、どうにもこうにも学力を上げる方法なんざわからないわけです。

本当に、何にもわからない。

ただ塾へ行き、答え合わせをして、間違えてたーで終了。

また、塾でも漢字テストがあり、ただでさえ学校の漢字テストがままならないのに二重苦でしたよ。その時間学校の学習に充てるべきでは?!

 

塾には塾のテキストがあり、学校の内容とは全く違う内容を学習してるわけです。

んで、学力が上がらないから当然学校のテストが良くなるわけでもなく、

ただわかる問題だけ解けているという状態が学校でも塾でも続いたのです。

身についたことといえば、割と長いこと座ってられるようになったことくらい。

 

はて、中学に上がり塾生活は続き、個別なども経験して高校生になると塾は終わりました。

ある意味、塾のいらない学校だったのでその開放感はあったかもしれません。

 

しかし身についたのは偏差値という指標。

偏差値が高いか低いかということがいつまで経っても心残りです。

 

おそらく、塾に行かずに大人になった人は偏差値をほとんど気にしないでしょう。

なんやそれと思うかもしれません。

何かを判断する時に、学歴は割と使える指標ですが、実はそれも一部の判断材料であり、偏差値というのでは計れないものが多々あるでしょう。

五教科の偏差値は低くても、営業が上手いとか、上司に好かれるとか、トークが上手いとか、笑いを起こせるとかね。

 

そういった非認知能力は偏差値ではわからないため、今入社試験では一旦偏差値で足切りして、その後面接でそういった能力を見てるのでしょう。

 

つまりはまぁ、偏差値を気にする人生は良くないよってことです。

上げられないもんはどうしようもない。

 

とりあえず納得できるだけ金を稼ぐか、学歴ロンダするかです。

学歴厨が気にするのは、その大学からのノーベル賞受賞者の数や論文実績ではなく、

大抵は偏差値。

非常にわかりやすい指標なのですが、弊害も大きいですよと。。

 

さて東大で事件起こした彼は、名門高校生だとかで。

高校は非常に特異な環境だったみたいで、溜まったストレスがあのような形で発散されたようですね。

 

もし自分が過去に上手く自分の生活をカスタマイズできるとしたら、

多分、あのような塾や公文には入れないでしょう。

私はとにかく力をつけることよりも終わらせて自由の身になることを優先していたので。

 

塾に入れたところで頭は良くならないというのは身をもって知りました。

それよりはサッカー少年団とか、柔道もしくは空手をやるとかしていたらよかったなと思います。

 

実は気付いてないだけで、自分がわからぬところで塾へ行った影響はあるのかもしれませんが、もしあるとしたら周りの勉強に対する姿勢を学んだことくらいかな、、、

みんな真面目だなと。。

私のように不真面目な奴らももちろんいたので、ガチャだよ!

 

それよりも、自己主張をするとか、自分のしたいことをきちんと言語化する、という訓練の方が大事だと思います。

 

当初から、「何て言ったらいいのかわからない」ということが大前提としてあり、

何かを主張するとか説明するといったことがほぼないまま育ったので、

中学や高校に行ってから周りの大人っぽさに驚いたものです。

みんな擦れてんなー!えへへ!

 

私は精神年齢が5歳くらい周りと比べて若い、あるいは幼いので、それはそれはムカつく奴にとってはムカついて堪らない存在だったことかと思います。

 

まぁ今でも精神年齢は5歳から、もしくは10歳くらいは若いと思っていて、

割とゆっくりと波に乗っているような感じではあります。

 

そんな感じなんで、時々説教とか受けるかもしれませんが、

ひょっとしたら相手は羨ましのかもしれませんね。えへへ

一年かけて抱負を決めよう

どうもこんばんは。

 

一年に5〜6本しか書かないこの記事もようやく書く気になりました。

というのすら言い訳で夕方の時間帯に寝た(夜寝と呼んでいる)為、何も手につかずただ眠いがすぐに寝られるわけでもない為申し訳程度に記事でも書こうという所存。

 

とりあえず灼熱の闇が絡みつく下半期が終わりました。あっ2021年の話ね。

これはですね、、本当に嫌がらせかって言うような教授のせいでだいぶ土日を削られました。ことの詳細はぺんぎん村では祭りにしてきましたが、この影響は大きかったですよ。

どんな下半期だったかというと、9月後半から12月半ばまで土日は少なくともどちらかは課題で潰れるという毎週。

できるだけ潰したくないので金曜日に片付けることを試みるものの、それができたのは11月後半になってからだったな。

 

しかし後半、

ベッドで寝ながら講義を見ればいいんだーという離れ技に気づいた私は味を占め、できるだけ寝ながら課題の内容を頭で作り、捌いていくというサステナブル・ディベロップメント・ゴールズを掲げてまいりましたよ。SDGs?なんだいそれ。

 

そんなこんなで10月後半から12月の頭にかけては休みようにも休めず、大根おろしのように神経はすり減らされていった為に一歩間違えれば無期・休職となっていたところですが、そこは何かで鍛えられた何かのおかげで乗り切れました。ツケは大きいゾ!

 

さて、そんな2021年を振り返ってみようという恒例のこのコーナーなのですが如何せん今の眠気がややキャッツ・アイに効いてきているので、端的かついい加減にまとめていきましょう。

 

・1月 

なんだっけ。あ、急に仕事がもう一個増えて、挑戦上叩きつけられたような感覚でした。なかなか大変だったけども、それ以上自分の模索がピークを迎えておりなんとなく目標に向かって突っ走ってた頃。

余計なものや無駄なものも色々作ったが、その失敗もまたよし。

とにかく誰にも相談できないので、一人格闘大会でした。

・2月 

1月の続きをやっている最中だったような。色々めんどくせい!思い通りにならん!

しかしまあ、越えなければならぬということもありそこそこやっていた。

でも結構記憶がない。日本語は人によっては本当に難しいのだと思った。

ただプライベートでは美容関係の投資がMAXに。

ちゃんとクリニックは選ばないと高くつくことを学んだ。SBCがいいよみんな。

・3月 

いやあ覚えてないですね。あ、アウトレットとか先月行ってた見たいですね。

ドーナツの動画も出してました。

・4月 

大学のスクーリングとか言ってたっぽい。そうそう思い出したこのあたりから科目履修を13科目とかキャパオーバーして取ってたんだった。キツかったな。

もうここからはキツかったとしか言いようがない。土日は大学にわざわざ行ってスクーリングとかいうのもあれば、家でオンラインスクとかいうのもあったな。

何にせよ落としたのは1科目で残り全部取れたのはよかった。

所用で閉会中の国会へ行った。

・5月 

はい、4月の続きでっす。もしかしてGW潰してやってたんかな。だとしたらバチクソ偉い。欲しいものリストから初めてギフト貰ってた。あと落合陽一さんの個展行ってた。

養命酒も買ってたね。タクシーにも乗ってた。

・6月 

アオダイショウという蛇を捕まえた。

あとは叙々苑に行った。

・7月 

熱海が大崩落。近所にで美味いビリヤニ食えることが判明。

所用で米軍基地住宅へ行った。

・8月 

覚えているゾーッッ

夏のスクーリング6科目申し込んだら三つしか取れなくて受講。

職場で受けてやったわい。あれがもし夏休み中だったら死んでたな。

でも夏休み中に結局対面オンライン講義あったから死んだも同然でしたね。

最後の方がzoomのカメラ切ってるのをいいことにベッドに寝てました。

みんなよく真面目に受けられるな。偉いぞ。

当方ちゃんとした夏休みに入れたのは8月後半の三日とか四日くらいだった気がする。

何と冬休みの方が休んでるよバケー

新宿行ったり渋谷でYouTube撮影したり鎌倉にも行ってたみたいね。

あとは餃子作ったりダムにオオサンショウウオ探しに行ったりしてました。いるわけね

・9月 

コロナワクチン二回受けた。2回目はさすがにインフルっぽくなって寝込んだわい。

あれはキツかったが、まあ何とか熱引いた。やっぱヨーグルトにフローズンフルーツ入れて食べるのしか勝たん。コストコで手に入れておいてよかった。

どん兵衛も本当にありがたい。

・10月 

多分死んでる時期かと思いきや、スリランカ料理屋とか行って割と何とかなっていたみたい。何か新しい経験をしないと精神は死ぬよ。いきなりステーキにも行った。

・11月 

すごく美味いレバニラを食べたり、回転寿司に行ったりしていたな。

最初に話したクソめんどい大学の課題(手書きでノート80ページ以上必須)について抗議文出したりしてたな。それ10月だっけ。とにかく何か気分転換をしていかないといけないが、如何せん休日がない。これは呪いに変えて1万年は呪い焦がしてやろうぞ。

・12月

先月か。キャンプに行きました。

カヤックという二人で漕ぐボートの大変さを知れた。キャンプと言ってもガチキャンプではないので大したことはしていない。冬にガチキャンはやべえって。

 

はいそんなわけでその年末から年始に至まで色々休んだりはできています。

が、最後の関門「卒論」がありまして、これがまたよくわからない。

勝手がわからない。

とりあえず教授の言われた通りにして進めなきゃなんですが、非常に手に付かない。

一応本を一冊大体読みました。

 

すると書いてある内容が大体私の考えていることを詳細に具体的にした感じなので、

「この本あるなら卒論要らないんじゃねー?」というのが率直な感想です。

いやダメですよねそれ。

 

なので今年は卒論からいかに逃げながらそれっぽいものを仕上げていくかが課題です。

多分書籍をあと十冊近く揃えなければ書き始められないとのことなので、

少しずつ集めてはいますが、いつ読むの?今でしょ!

ただでさえ本読まないのに15冊はちょっと、、、、

 

しかし知識をインプットしなければ何も書けないとのこと。

論文て大変だなあ。

 

 

 

あとはこないだ市営のジムにおそらく15年ぶりくらいに行ったらカードが全く変わってて新しいものと交換になりました。登録時の電話番号も覚えていないのか当てられない始末。ははあ

 

器具は期待できませんでしたが、とりあえず初めてジム通いした10年前よりはあげられる重量が伸びてたので、一昨年からの公園トレは確実に効いてました。

安いんでまた行くかもです。

 

ただやはり、ちゃんとした民間のジムの方がいいですね。

 

そうそう、投資信託やら個別株やらが投資を今年から始めます。

遅すぎるデビューですがやらなければならぬ。

 

そして20年やってフルタイム勤務からは引退するんだ。

生活費が10万円とすると、株の配当金で年間120万円入ればもう逃げ切れる。

そこを最低ラインとして何とかしていきたい所存。

Twitterに20年投資やって年間配当金600万円という強者がいたので、諦めちゃいけない。彼は元々三ヶ月15万円でやってたからな。

 

しかし引退とかセミリタイアの目算をし始めてゴールを決めると、何だか地図を渡されたかのようで、歩き出せるような気がしますねようやく。

 

ここまで来るのは本当に長かったが、結構転換期になると思います今年は。

というか自分で転換していくタイプだからな。

 

変化がないと人生は面白くない。

保険を作りつつ新しいことへトライしていきまっせ。